院長の「なんていうか」日誌

みやけゆう歯科医院のオフィシャルページ

娘のとき


娘が生まれた日は、
就寝してから家人に痛みが起きて
すぐさま病院へ向かった。


まだすぐに生まれないという事だったので、
三宅は歯科医院に戻って仕事せよと
家人に言い渡された。
「さあ仕事!」と思っても
やきもきして気が気ではない。


診療が終わる18時過ぎに
病院から「生まれそうです」と電話が来て、
医院をスタッフに任せ、
あわてて自家用車に飛び乗った。
ところが動揺していて手も足も震えて、
なんとうまく運転出来ないのである。


産院までわずか500メートルの道のりなのに、
アクセルはぎくしゃくして
おおよそ危険運転であった。
我ながら正確な判断が出来ぬ有様で、
今更ながらタクシーに乗るべきであったと思う。



『立ち会い出産』を希望していたので
ディスポーザブルの手術着を着せられ、
両手を上げて分娩室に入って行ったら、
「先生、何もしないから!」と看護師に
突っ込みを入れられ赤面した。


聞いた事のない悲鳴が聞こえたので
隣室で誰か叫んでいるのかと思いきや
家人の悲鳴が分娩室いっぱいに響いている。
赤ちゃんの心音モニターが
明瞭に子どもの心臓音を伝え、
家人が力むと鼓動が早まり、
三宅の鼓動も高まった。



生まれる瞬間は
克明に覚えている。
生まれて来てすぐに泣き出すかと思ったが、
何回かしゃっくりをするかのようにして
それから娘は泣き始めた。


娘が泣く前に
もう三宅は泣いて震えていた。
世の中には出産時のビデオを
撮影し続ける父親がいるそうだが
三宅には無理な話である。


家人のもとに娘が来ると
誇らしげに家人は笑い、
娘はぴったりと家人の肌に寄り添った。
そのとき三宅は嫉妬を憶えた。
どう考えても自分には産めぬのである。


3000グラムにも達しなかった娘は
一生懸命家人の母乳を吸おうと格闘し、
それを見てまた三宅は泣いていた。



ひと段落して父に電話した三宅は
「ありがとう」と伝えると、
父は一言こう云った。



「ウン、よかったナ」